今自分が持っている企業社会への怒りなんて、ほんのちょっと引いて考えると、全然小さい怒りなんだろうな。もしかすると、すこしピント外れたものなのかもしれない。


ところで、結果如何で、どうにでもその人の「見え方」が変わる。受かっていれば、自分の選択はすべてそれらしく「見える」し、正しかった、先見の明があったように「見える」。でも、落ちているのだから、そこにどんな経緯があろうとも、思考があろうとも、論理があろうとも、身の丈に合わないことをした、ということになる。

おんなじようにやっても、結果如何で他者が自分をどう見るかがガラリ。運。運だけど、運に来てもらうことも能力か。

↑という点に自分の考えがまとまってきている。