なんなの日記

年末は紅白とガキ使と第九を一度に見ます。

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カテゴリ: 活動

今自分が持っている企業社会への怒りなんて、ほんのちょっと引いて考えると、全然小さい怒りなんだろうな。もしかすると、すこしピント外れたものなのかもしれない。


ところで、結果如何で、どうにでもその人の「見え方」が変わる。受かっていれば、自分の選択はすべてそれらしく「見える」し、正しかった、先見の明があったように「見える」。でも、落ちているのだから、そこにどんな経緯があろうとも、思考があろうとも、論理があろうとも、身の丈に合わないことをした、ということになる。

おんなじようにやっても、結果如何で他者が自分をどう見るかがガラリ。運。運だけど、運に来てもらうことも能力か。

↑という点に自分の考えがまとまってきている。

そりゃ落ちたって連絡受けたその時は動けなくなったさ。けど、授業受けながら元気が出てきた。さあ行くぞ!という。吹っ切れた。

就職なんて自分のことだから、周りを気にしたってしょうがない。

T社に落ちた。
やっと落ちた。落とすなら早く落としてほしかった。と思(ってい)た反面、残念でならない。これにかけていたから。かけるしかなかったから。

なーんか、最近、ここ1ヶ月、ガクッと来ることばかり。またガクッ。

今日は活動を開始したばかりなのに、もうダメ。終わりたい。

やり直し、か。
再起動しないと。

「まあ気を落とさずに」と母に電話で言われた。

次の授業にちゃんと出れるだろうか。出れるは出れるけど、しっかりできるだろうか。たぶん無理。
内容も内容だけに。

横柄じゃないか、自意識過剰じゃないか、つまり謙虚さがないんじゃないか

…そういうことを(これは自分なりの解釈で、そう直接的に言われたわけではないが)最近指摘される。

うーん、まあもともとそういうところはあるかもしれないが、仮にあるとすれば最近増幅されてる気も。ここんことろいっぱいいっぱいだから、より直截な表現になるのかもな。むき出しの表現に。そして心情に。

ネジを巻くにはどうすれは。というか、巻く必要はあるのか。


それと、自分は個人プレーが好きなんじゃないか、と。それは認める。
認めるけれど、そういう人は、協調性ないのにありますアピールをしている人と同数か、それ以上いるわけで、だからこそ、企業は選別するんだ。なら、個人主義の人がいなくなった世界というか、個人主義の人を排除してしまえ、というのは、やっぱ社会は回らない、と思う。だから、そういう人にも価値を認めてくれる会社がある、組織がある、人事担当者がいる、そう信じている。そうに違いない。そうじゃないと困る。だから、その点に大きな心配はしていない。支離滅裂な文章ですね、わかってます、だけどこれが本心。

なぜか怒られた。断り方が悪かったんだろう。変な理由を付けてしまったんだろう。

そして心配された。いろいろ言われた。クレーマーって、それはひどい。向こうの失言だな。

でも、向いていないんじゃないか、こういうことに対して。自分。つまり、組織とか、そういうことに。

あーあ、ここんところ、ひとつもいいことない。

部屋に帰りたくない。帰れない。外にいたい。

あしたは岡山だけど、どんな気持ちで行けばいいんだ。って、どんな気持ちもないか。どんな気持ちっておかしいか。
どんな気持ちでも行くしかないんだから。

最初から断るつもりだったんだから、いくら波風立とうが構わないけど、へこむよ。へこむ。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。つらい。

そんな、そんな、そんな、そんなこと言われても、働き始めてからじゃないかな、働かないといけない、と思うのは。みんなそんなもんじゃないかな。

昨日は羽が生えた気持ちだったのに。一転だ。山あり谷ありだが、一体、どこに向かっているのか。

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