なんなの日記

年末は紅白とガキ使と第九を一度に見ます。

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カテゴリ: 雑感

やってく自信がない。

一年前(適当に)手を打っておいたほうがよかったのかも、、、って頭をよぎるんだよな。イヤイヤって思うけど。

結局、自分って、ただ駄々こねて就職したくない系の残念な人なのか?プラスして、見栄張れるだけの会社じゃないとイヤっていうお子ちゃまなのか(これはその通りだわ)

なにか光明がほしい。(他力の時点でお前はダメだ)

それに英語?全然だめ。進歩がまるでない。

今自分が持っている企業社会への怒りなんて、ほんのちょっと引いて考えると、全然小さい怒りなんだろうな。もしかすると、すこしピント外れたものなのかもしれない。


ところで、結果如何で、どうにでもその人の「見え方」が変わる。受かっていれば、自分の選択はすべてそれらしく「見える」し、正しかった、先見の明があったように「見える」。でも、落ちているのだから、そこにどんな経緯があろうとも、思考があろうとも、論理があろうとも、身の丈に合わないことをした、ということになる。

おんなじようにやっても、結果如何で他者が自分をどう見るかがガラリ。運。運だけど、運に来てもらうことも能力か。

↑という点に自分の考えがまとまってきている。

いわゆるブラック企業じゃなくても、「シナジー」だの「ソリューション」だの「価値を提供」だの連呼してる人は自分で自分(の会社)がやってることを理解できてないんだと気づきましたね

ガリレオが始まってから16年らしい。もともとは、「科学」をつかって、やや無感情に捜査・調査する湯川だった。
でも、「容疑者X(の献身)」以降、湯川にも、草薙にも、個性が出てきたようだ。人間的な、人間くさい面が出てきた。
自分としては、初期のようにcoolにやる湯川のほうが好きな気がする。単なるノスタルジーかも知れないが。

ドラマのほうは、また話は別で、coolさをだいぶ残していると思う。映画やスペシャルでは、原作に即して、心の動きというものも出していると見ている。

ということで『ガリレオの苦悩』を読んでいます。

横柄じゃないか、自意識過剰じゃないか、つまり謙虚さがないんじゃないか

…そういうことを(これは自分なりの解釈で、そう直接的に言われたわけではないが)最近指摘される。

うーん、まあもともとそういうところはあるかもしれないが、仮にあるとすれば最近増幅されてる気も。ここんことろいっぱいいっぱいだから、より直截な表現になるのかもな。むき出しの表現に。そして心情に。

ネジを巻くにはどうすれは。というか、巻く必要はあるのか。


それと、自分は個人プレーが好きなんじゃないか、と。それは認める。
認めるけれど、そういう人は、協調性ないのにありますアピールをしている人と同数か、それ以上いるわけで、だからこそ、企業は選別するんだ。なら、個人主義の人がいなくなった世界というか、個人主義の人を排除してしまえ、というのは、やっぱ社会は回らない、と思う。だから、そういう人にも価値を認めてくれる会社がある、組織がある、人事担当者がいる、そう信じている。そうに違いない。そうじゃないと困る。だから、その点に大きな心配はしていない。支離滅裂な文章ですね、わかってます、だけどこれが本心。

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